腕一本
2005/12/13 (火)

赤錆色だった里山が、枯れ木の切なげな風景に替わろうとしている。
吹き溜まりには落ち葉がどっさり集まっていて、そろそろシバ履きの季節になる。
橋の向こうはケイスケ先生の縄張りで、少しずつ履き貯めて山にしてあるから、
迂闊に手を出すわけにはいかないのだ。

畑の師匠と仰ぐケイスケ先生は、この落ち葉を何年も積み込んで堆肥を作る。
俺が死んだらこりゃあ形見になるな、と言うほどの労働の結晶だ。
それを今年は畑一面に撒いた。といっても半端な量ではない。
一輪車でどさっと下ろして山になる、それが50坪ほどの畑に全面だ。
運ぶだけでも相当だけど、その堆肥を作る課程まで考えたら気が遠くなる。
それを端からテコぐわ一本で耕し始めた。
1メートルぐらい軽く耕してしまうんだな、師匠は。

その畑は一本筋が通っているカッチョ良さだ。
自慢は「金をかけてない」ことらしい。
化学肥料は一切使わない。
落ち葉集めや堆肥運びは自転車や一輪車、耕運機も使わないからガソリンも使わない。
そして、決して背伸びして広げようともせず、自分の家の前の土地で丁寧に百姓をしている。
師匠に教えてもらったことの筆頭は、身の丈にあった暮らしぶりの豊かさだ。


さて、今日は薪割り。
ストーブの焚き付け用に杉の丸太を細く割る。
斧を振り上げて、スコーーンと小気味良く割っていくのは
気分転換でもあり、運動不足の解消でもあり、寒さを凌ぐ節約運動でもある。
日中晴れていても気温の上がらないほどの寒波対策には、最適だ。

毎年の薪集めは、足と顔で稼ぐ。
積み上げた丸太を燃料にするのは、この腕一本。(あ、腰も使うかな。)
活躍するじゃないか、細腕繁盛記ぢゃないか。師匠の教えが生きてるぞ。
チェーンソーのガソリンとオイルを使っていることは大目に見よう。(甘いな 笑




 
百姓一記
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