限りある資源
2004/01/25 (日)

真面目なエコ話ではない。ただのケチなおばさんのつぶやき。

目に見えるものが使ううちにだんだんと減っていくのがわかりやすくて良い。
最たるものはストーブの薪である。
確かに冬の終わりに薪小屋が寂しくなっていくと不安にはなる。でもそれは自分の不用意なんだ。
ひと冬十分なまきを用意したと言う充足感たるや秋のうちから心が温かくなる薪ストーブってエネルギーなヤツっ。

深夜電力を利用した電気温水器を使っている。
一日に使えるお湯は460リットル。65度に沸いているらしいので普通に使う分には不自由しないけど、
お客さんが多かったり、うんと寒くてお湯が朝になっても満量にならないときは危ない。
タンクの残量が見えるのが使い過ぎなくて良い。

水は水道なので限りはないが、お金はかかる。
水の沸く家が羨ましいなあ。
おととい、合併浄化槽の汲み取りがあった。2年に一回ぐらいかな。
いつも同じ業者の同じおじさんで気持ちよく仕事をしてくださる。
ありがたくて、浄化槽がきれいになるのも面白いので、つい傍でおしゃべりしながらウンチの行く末を見届けてしまう。
苦しいのはその後の1時間だ。
蛇口全開で水を流しっぱなしにしなくてはいけない。
台所の水がジャージャー流れる・・・どうしても勿体無くてあれこれ洗い物をしてみたり、シンクを掃除してみたり。
ところが布巾をすすぎ終わるといつの間にか止めてるんだよー、この手が。
いかんいかんと、何度自分を戒めたことか。
次回は止めるのを忘れるリスクを負ってでも外の水道にしよう。

さて、最後は電気、これが一番厄介なんだ。見えないんだもん。
買ったばかりのコタツも昼間は湯たんぽを入れている。
限りある地球の資源を惜しむ、というよりはただのケチなんだと思うけどね。

何でも買って済ませていた生活から、少しずつだけど自分ちで生産できるようになったこの変化が
いろんなところに及んでいると感じる5年目の冬。

 
百姓一記
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