自由な場所
2008/07/12 (土)

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畑仕事は収穫のみ(写真@)。トマトは畑でおやつ。


畑をふらふら歩きながら考える。

草も少し刈りとりたいし、ナスに水やりもしたい。

そろそろ追肥に、作ってある液肥を試してみたい。
ほとんど全ての菜果類、とくにオクラとモロヘイヤに追肥をしたい。

秋冬用の人参もそろそろ種まきの時期だろうし、
そういえば、分けてもらった白アズキの種まきもしていなかった。
まだ間に合うのだろうか。

キュウリの直播も畝だけ用意したまま。
種も新たに手に入れたのに、机の上に置いたままだ。

つるありインゲンの支柱の、横糸は途中まで張っただけで、
つるは途中からまっすぐ天に向かって支柱を上りきってしまった。
横糸を張り、つるを支柱からほどいて、やさしく手折(たお)らずにからませたい。

大豆は土寄せをするのだったか。
今年は少しは収穫までたどり着きたいと張り切っていたのだけれど、
追肥すべきものかな、これは…。調べてもない。

わき芽のさし木からのトマト類も、場所によってよく育っているものと
そうでないものの差が大きい。片方は整枝、もう一方には追肥かな。

胃にやさしいジャガイモ。近所の八百屋さんで買ってみたが、
お値段が想像の範囲を超えていてもうびっくり。
菜園のジャガイモ、食べる分だけ堀り始めようかな…。

昨日はこんなことを考えながら、ああ、もうだめだ、
今日は考えるのはやめて、野菜に全てをお任せするしかないと思って畑を退場。

今、一晩しっかり眠って、コレを書いている。
書いてみると、順番をつけて、できそうなことからぽつりぽつりと始めれば、
気苦労なく少しは仕事ができそうな気がしてきた。

私以外の<具体的なモノ>があるというのはありがたいことだ。
精神の混乱から少し救われる。
いや、少しどころじゃないな。とくに野菜や草花を見ていたら、
それぞれがそれなりに伸び伸びと新しいカタチをつくりだしながら
時と共に変化している、ということがぼんやりとわかる。

ワタシもワタシ以外の人も、それぞれの底力というものがあるはずだもの。
そう、何にも犯されない自由な何か。
つらくても、痛くても、寂しくても、苦しくても自由な場所がきっとある。
それに、その場所に吹き込む風や降り注ぐ光の自由を受け入れる自由な場所も。
生きるってそういうことでしょう?なんて、適当なことを勝手に思い、
だけれど、そう思えてくるのも事実だと思われてくる、今このときであります。
母のことが心配なのだけれど、大丈夫。そう思いたいだけのことかもしれない。それでも
キモチが楽になり、ああ、
今日もよい日にしたいなあ、楽しい日にしたいと思えてくる朝だ。
さあさあ、カーテンを開けよう。

気温:
最高29.9/最低20.3

扇風機を出した。スズムシ、大きなアリサイズになって食欲旺盛。


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手のひら菜園 
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