| 2006/08/01 (火)
朝、公道との境目の垣根の剪定。
散歩している人に「おはようございます」と挨拶。
丁度よいタイミングで、押し付けがましくなく。 風が吹くようにさわやかに。気持ちよく。 驚かさないように気遣いしているつもりなのに。
だけれど、無反応な人がほどんど。 何事も起きていないように同じ速度、同じ姿勢で進んでく。 聞こえていないわけがない。見えていないはずはない。 私の気配はないことになっている。 一体、何を恐れているのか。そうなのだ、ヒト自体を恐れているとしか思えない。
どうしてそんなことになってしまっている? こんなにキモチのいい朝なのに。 また新しい日を、こうして共有できているというのに。 すぐそばで、呼吸している仲なのに。
動物行動学的に言えば、敵ではありません、攻撃しませんよ、の意味のある挨拶。 それが今ヒト社会では「もしかしたら敵になってしまうかもしれません、世が世ですからねぇ」 などという意味に化けているのか?? 世とか世論とか。メディアのなかの世相。飲み込まれたくない。
明日以降も剪定しごとは続く。 おはようございます。 挨拶を気持ちよく交し合う。 ごく当たり前のことをして笑顔で生きたい。
・・・ 菜園しごとは収穫のみ。菜園にあまり手がまわらない。食用菊が草に埋もれていた。
写真・蛍光灯の下で撮影。
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