種ダリア/われわれほ乳類
2006/07/16 (日)

ダリアが咲き始めた。
梅雨が明けたらしばらく元気がなくなり、残暑の過ぎたころから、またよい花がつく。

写真
@A種からのダリア 育てて初めてわかる花色が面白い。深紅のも咲いた。
B夕方に収穫。雨でトマトが割れだしたので思いきって早めを心がけて収穫。

・・・・・・
夜、NHKスペシャル「恐竜タVBほ乳類」@を見る。
化石の発掘場所、化石の保存ラボ、そして研究者の手もとからよみがえり立ち上がって動き出す画像。
研究現場という今と1億5千万年前を一気につないでみせる映像。
圧倒的。ただし違和感も。
1億5千万年という時間の厚みをどうしたものかとわたしは戸惑う。
1億5千年??、じゃなくてそこに「万年」がつくのだ。万年って?? 一億年って一体どんな???

番組はタイトルが示すように、ほ乳類と恐竜の戦いを全面に、種の滅亡と進化を取り上げていくようだ。
ナレイションは、さかんと「われわれ哺乳類は」という。
「われわれ哺乳類は」一億万年間(だったかな)の長きにわたり、
恐竜に圧倒されながらも生き延びたと語る。

<われわれ>哺乳類という言葉の多用が気になる。
巨大な恐竜と対比すれば<われわれ>は際立つ。
結局、先に滅んだ恐竜に対して、いま繁栄しているわれわれ。
映像では、巨大な恐竜におびえ、難なく食われるネズミサイズの最初の哺乳類が映る。

弱肉強食。生物である以上、個体はこの点を逃れられないような捉え方。
個体を中心にすれば生き残るのが<強>で死ぬのが<弱>に分類されるみたい。
<われわれ哺乳類>…か。
生命はいつもいつも種として戦いをしているみたいだ。ほ乳類チーム対恐竜チーム。草食チーム対肉食チーム。
番組は、わかりやすいように道筋を立てようとしているのだろうけれど気になる。耳障りなほどまでに。
進化がテーマになるともうこれは仕方ないことなんだろうか。これを一発逆転するために
<神>を登場させることになるんだろうな、人間って。
神が奇跡を起こした…という風に。奇跡、じゃなくて柿のみができる創造として。
時間の厚みが一個人には理解できないのだ、実感として。だから<神>に頼むしかなくなるのだ人間は、たぶん。

<われわれ哺乳類>じゃなくて、<われわれ人類>の恐怖映像じゃないか、これ…と思えてきたたあたりで、わたしは寝てしまったらしい。気がついたら教会のステンドグラスを修復している映像だった。

もうひとつ、この2、3日、とっても気になる言葉がある。
ジダンの頭突きの<しんそう>。
テレ蘭には、真相と深層、ふたつの表記あり。
昨日も今日もあった。深層なのか真相なのか。言葉のこともそうだが、ジダンの発言やFIFAの対処の仕方など、考えさせられることいくつかあり。
わたしが思うところを書き残しておきたいと思うのだが、きょうの日誌はこれまで。
書き残さないと、どんどん報道だの情報だのに流され、考えた経緯がぶれていくのだ、わたし…

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手のひら菜園 
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