2006/04/25 (火)
実質たった一日での帰国
万博(2008年)までには姿を消すだろう人民路(通りの名称)に面した問屋街を通過して空港行きリニア駅へ リニアは一瞬430キロに達したらもう減速して空港に到着 最初に空港が建設された時、経費の30%近くを日本のODAで造られた空港 それから5年も経たずに現在その規模は約2倍以上 更にその外側に更なる空港敷地も準備されている
中国の変化は、ものの考え方(ルール作りは後からついてくる進歩の段階)にあると感じた次第
写真は左から 通りに面する問屋街(もうすぐ無くなる) リニア駅ホーム 最近運用開始した新滑走路とその外側に広がる更なる拡張用地? (最初に作られた空港の大部分と最初の滑走路は写真の左側にありますが写真では見えません。)
-
|