本日22:04に、2880グラム 48.5センチ の元気な女の子が産まれました!
2011/05/07 (土)

5月4日:促進剤1日目(飲み薬5錠)→昼は散歩、夜は病院内を歩く。
5月5日:促進剤2日目(飲み薬5錠)→同じく一日中散歩。
5月6日:促進剤3日目(点滴750ml)→点滴を引きずりながら廊下をひたすら歩く。夕方『破水』

そんな3日間の促進剤使用にも破水にも耐え(?)、全く出てくる気配のない我が子。
朝方様子を見に来た助産師さんに、
「これって陣痛かな?私って痛みに強いほうだから、陣痛に気付けないかも。」と言ったら、
「そんな風に言えるうちは、まだ大丈夫ね。陣痛じゃない。」と笑われちゃったし。

旦那様は明日の早朝、アメリカへ戻らなければならないので、今日生まれなかったら赤ちゃんには会えない。
朝の診察で、「う〜ん、子宮口は4センチ開いてるけど、今日はまだ生まれないかも。」という先生の言葉に、
「もう、元気に生まれてきてくれれば、それだけで良いよね!」と私たちはキッパリ諦めた。

旦那様は、いったん家に戻り、スーツケースに荷物をまとめ、空港へ向かうタクシーを予約し、
午後には折り菓子を持って助産師さん看護師さんたちの所へ、
「僕は明日の早朝アメリカへ戻りますので、後、嫁さんのこと頼みます。」と挨拶しに行ってくれた。

私は、口では「もう仕方ない、諦めた!」とは言っていたけれど、本当は、
忙しい時に色々無理してせっかく日本に戻ってきてくれたのに、
疲れてるのに病院の小さな硬いソファーベッドで文句も言わず、ずっと付き添ってくれたのに、
花粉症でくしゃみ連発しながら、何日も一緒にひたすら歩いてくれたのに、
旦那様に半年以上も赤ちゃんを抱っこさせてあげられないのかと思うと、悲しくてやるせなくて、
涙がぽろぽろとこぼれて、旦那様を驚かせてしまった。

そして、今までとは違う痛みを感じたのは、15時ごろ。
夕方の診察で、子宮口を柔らかくする筋肉注射をしてもらうと、それはさらに強まり、
とうとう痛みが限界に来て、陣痛室に移動したのが19時。

<陣痛ってこんなに痛いの?気付かないわけないじゃん!>

「もう無理、切っちゃって(帝王切開)ください!」と懇願したのに、
「もったいない(笑)、赤ちゃん下りてきてるよ〜」と言われ(当たり前)、
私は「ア゛ー!イタイー!ア゛ー!!!」「もっと押して、押してっ!」と叫びまくり、
旦那様にテニスボールでお尻を押してもらっていた。
(こんな所でテニスボールが役立つとは!!!)
ところどころ気を失っていたし、今思うと、このとき(陣痛)が一番痛くて辛かったな。

いつの間にか(痛すぎて記憶が無い)分娩台にあがっていて、
『ヒーヒーフー』なんて一度も出来ず(って言うか無理!)、
イキむ合間に旦那様に水を飲ませてもらっていた。(ストローが役立つ)
「出てきたよ〜!もうイキまなくていいよ〜!」の声と同時に、スルっと赤ちゃんが出た瞬間、
ウソのように陣痛がピタリと止まったのにはビックリ。

結局、赤ちゃんが誕生したのは、22時。 旦那様が出発する6時間前の事だった。
産声より先に、旦那様の泣き声が聞こえてきて、「あぁ・・・終わった・・・終わったんだ。」と思った。
間に合った。赤ちゃんを見せてあげられたんだ。
「一番初めの抱っこを主人に。」とお願いし、
私は力尽きて、先生に「赤ちゃんは元気ですか?」と聞くのが精一杯だった。

旦那様は生まれたばかりの舞を抱いて、ヒックヒック言いながら泣いてた。
今日のことは、一生忘れない。忘れられない。


(写真):出発5分前、旦那様の指をしっかりと握る舞。

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ぽん太の家庭菜園とベランダガーデニング@フロリダ
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