2008/02/03 (日)
今日、スキー場でイベントあり。 何の予告もなく急にやるんだもんな〜
節分ということで、豆まきならぬお菓子まき。 もちろん、主役は子供達だ。 鬼に扮した係員が登場すると、呼びかけの放送に集まってきた子供達向けて「鬼は〜外!」と袋入りのお菓子が撒かれた。 結構、若者ボーダーも混じって拾っている。 子供が拾っていると無邪気に見えるのだが、若者スノーボーダーが拾っているのを見ると「腹減ってるんか?」という具合に見えてしまうから不思議(笑)
さて、今日は予告通り堆肥の話。 農業書をみると、どれも判で押したように堆肥は必要、有機質の補給は必要と書かれている。 ところが、巷には... 慣行栽培=化学肥料に頼り切った栽培で堆肥の使用は皆無、土作りがおろそか 有機栽培=堆肥など有機物をたっぷり施しふかふかの畑
などというイメージがあるように見える。
残念ながら、少なくとも私の周囲を見る限りではこれは当てはまらないように見える。 土作りとなると、話の幅が広くなるので今日は堆肥や有機物の施し方について、この2つの栽培について比較してみたい。
現状、私の周囲の無農薬・無化学肥料栽培農家では、堆肥類をたっぷりと施しているところは皆無である。 いや、それどころか半数以上の農家が無堆肥栽培である。 彼らの施している主な肥料は乾燥鶏糞、そして米ぬか。 堆肥類はというと、わずかに残渣などを積み上げたものだけ。もちろん、全部の畑はまかなえないし単位面積あたりの量も不足。
もちろん、彼らだって堆肥類を施さない事が良い事だとは思ってはいない。 ではなぜそうなってしまうのか、理由を私なりに考えてみた。
1.堆肥を扱うための機械類が無い 2.堆肥を作る材料が無い 3.忙しすぎる
例えば2haの全ての畑に堆肥を撒こうとしたら、10アール当たり2トン撒くとして40トンの堆肥が必要だ。 40トンの堆肥...切り返しにも散布にも一輪車一台、スコップ一丁でどうにかなるレベルではない。当然、機械類に頼らねばならない。 しかし、だいたいの場合、彼らは非常に小資本である。だから、機械を揃えられない事が多い。
また、堆肥の材料に特にこだわりを持った場合..たとえば無投薬飼育の動物の糞しか使わないとか..その入手が非常に難しい。 彼らの立場から見ると、無農薬をうたってはいるけど、堆肥の材料にしている牛糞は、薬や化学物質を投与されている牛からとれたものです..という訳にはいかないのだろう。
農家は春から秋にかけて忙しいものだけど、高原野菜の慣行栽培農家の場合は、忙しさのピークが非常に鋭い。 そのため、ピークをすぎると秋に向けて急速に暇になってくる。 秋、その他の作業が無くなりかけた頃に来シーズンに向けて堆肥の施用作業を集中的に行うのが普通である。 ところが、無農薬栽培農家は栽培品目が多いため、忙しさのピークはさほど鋭くない。 しかし、その裾野は広い..つまり、忙しさがダラダラと続く。 更に、秋は彼らにとって重要な作業が目白押しである。 稲刈り、蕎麦の収穫、豆類の収穫、根菜類の収穫、味噌の仕込み、漬け物の仕込み、収穫した根菜類の貯蔵作業(冬の間にこれらを出荷するため)、餅つき、顧客向けの収穫祭などのイベント開催等々。 これらで時間が無いということとと、機械設備が無いという事が相まって堆肥の製造、散布などは非常に難しい状況だ。
方や、慣行栽培農家は一定の経営規模があれば、これらの問題は比較的解決しやすい。 酪農家、養豚家は皆、糞の処理に困っている。水田をたくさん持っている人は藁の処理に困っている。材料には事欠かない。
堆肥を扱う設備が無いわたしのような小規模な農家でも、畑を計画的に使い、緑肥を栽培することによって有機物の補給に努めている。
今日、ここで書いたのはどちらもそういう例もあるという事なので、当然、違う例もあるわけだけど、最近、冒頭に書いたような、あまりにも白か黒か的な書き物をいくつか目にしたので、実態をみなさんに知っていただきたく、今日の日記のテーマとしてみたい次第。
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