無題
2014/04/30 (水)

土壌は陸域の表面を厚さ数cm〜数mにわたって 被覆する固結していない物質である。人間をはじめとするすべての陸上生物のみならず、海洋生物も含 めて、直接あるいは間接に、この土壌によって大きく影響を受けている。しかし、暮しの中で、土壌を 見ると、都市域と農村域ではその見かたや利用の仕 方が非常に異なる。すなわち、都市域では土壌は建 築構造物を支えたり、埋設したりするときに用いる 物質で、無機材料物質として土木工学的に扱われる 場合が多い。そればかりではない。コンクリートとか、アスファルトで土壌が被覆されると、土壌は都 市域では人々の視界からまったく隔絶された存在に なる。これに対して、農村域では農作物をはじめとする植物を栽培する生物育成の培土として、つねに人々の目に触れ、植物栄養学的になくてはならない 存在となっている。このように、土壌に対する私た ちの生活の接し方が都市域と農村域とでは明らかに 異なることから、都市域に生活する人々の比率が圧 倒的に高いわが国で、国民全体に土壌に関するメッセージを投げかけてもなかなか大きな関心が得られ なかった。それでも、最近になってようやく土地の 再開発に伴う土壌汚染の問題や食の安全・安心への 関心に基づく農耕地への関心の高まりなど、都市域 に生活する人々も土壌に関心を払うようになってきた 。加えて、地球の温暖化防止が切実な問題になりつつある現在、土壌による炭素貯留の機能の大きさがマスメディアによって紹介されると、国民全 体が土壌の機能に目を向けるようになってきた 。ところで、 土壌の有する様々な機能は基本的には、 @土壌粒子による物質を吸着・交換、固定する機能 と、A土壌に棲息する生物群による有機物分解機能 とに依存しており、これら@およびAの機能(ここ では、これらを土壌の基本機能と呼ぶ)がともに作用して新たな機能を形成したり、どちらかが主体になって、別の機能を発揮する機能物質へと移行したりする(ここでは、基本機能から派生したこれらの 機能を複合機能と呼ぶことにする)。こうした複合 機能は、一定の広がりをもった土壌生態系の中で発 揮されており、私たちが土壌の機能と捉えているのは、土壌生態系のなかの複合的な機能を見ている場合が多い。 土壌汚染の機構には、土壌の化学的機能がきわめ て重要に関与していることから、本項目については、 とくに詳細に解説したい。 土壌を構成する材料の元の素材を母材と呼んでい るが、土壌の無機母材は岩石である。地表面に露出 または地表面近くに埋設された岩石は長大な時間を 経て風化され、その過程で微細な粒子が次々と生成 されていく。微細な粒子には、岩石の破片、岩石を構成していた石英、長石などの一次鉱物、岩石や一 次鉱物から溶出した各種イオンで生成した新たな鉱物(これを二次鉱物といい、 粘土鉱物が主体である)、 生物が作った無機質粒子(珪藻の殻、プラントオパ ールなど)があり、種類に富んでいるほか、形状も 多様である。このうち、物質を吸着固定する機能に 重要な役割を果たすのが粘土鉱物である。   粘土鉱物は微細結晶粒子が積み重なって形成され た集合体で、地球の表面近くに存在する岩石の平均 元素組成を反映して、酸素、ケイ素、アルミニウム、 鉄などを主成分とした層状ケイ酸塩鉱物である。層 状ケイ酸塩鉱物の微細結晶粒子は電子顕微鏡下ではじめてその形状が確認できるほど小さく、同じく微 細な有機高分子化合物である腐植とともに土壌コロイドを形成する。コロイド粒子は1〜0.1μの微細 粒子を一般にいうが、土壌コロイドは土壌の粒子区 分中の主として2μ以下の粘土画分に含まれる粘土 鉱物および腐植を指していう。 土壌コロイドは電気的に両性物質であって、陰荷 電と陽荷電を帯び、陽イオンと陰イオンの両方を交換保持する。土壌コロイドが荷電を帯びるのは、陰 荷電の場合は、粘土鉱物の内部において、イオンの 大きさが類似している陽イオン間で入れ替わる際に 起こったり(同像置換) 、結晶構造の末端部分の破壊 面で破壊原子価の加水分解が起こったり(破壊原子 価) 、腐植の酸基(カルボキシル基やフェノール性水 酸基)が解離したりすることに由来している。この うち、土壌コロイドの表面に吸着されている陽イオンが溶液中の他の陽イオンと交換する過程を土壌の 陽イオン交換という。陽イオン交換は土壌中 で起こる物理化学的反応のうち、最も重要な反応の 一つであり、物質の変化、移動、鉱物の風化、膨潤 収縮、透水性などの物理的反応のほか、植物が必要 とする養分を供給して、植物の生育を支えている。 土壌コロイドの吸着容量は cmol(+) ・kg− 1 で表 され、砂土壌のように、粘土も、有機物含有量も少 ない土壌では、数cmol (+) ・kg−1 であるのに対し、わが国に広く分布する火山灰土壌では、20 〜 50cmol(+) ・kg− 1 と大きく、土壌の種類によって吸着容量には大きな差が生じる。 土壌のイオン固定とはカリウム、アンモニウムおよびリン酸のような植物の養分として重要な物質が土壌中の無機成分、有機成分と反応して、難溶態あ るいは非交換態となって、植物に吸収利用され難くなる形態に変化する場合を指していう。カリウムお よびアンモニウムの固定は粘土鉱物でも、モンモリ ロナイトとバーミキュライトの膨潤性 2:1 型鉱物 に限って起こる現象である。それは、これらの鉱物 の結晶単位層の外面に酸素原子が六角形に配列しているが、そのとき6個の酸素子の中心につくられた 窪みの大きさが約0.2nmである。この大きさは、カリウムイオンおよびアンモニウムイオンの直径に ほぼ等しいことから、これらの窪みにイオンの半分 がはまり込み、他の半分は隣接している単位層の外 面の六角形の窪みにはまり込む。このようにはまり 込んだ陽イオンは同像置換に由来する単位層内部の 陰荷電を中和して引きつけ、ちょうど接着剤のような働きをして単位層間は閉じる結果、他の陽イオン の交換侵入は非常に困難になる。これがカリウムイ オンおよびアンモニウムイオンの固定機構である。 一方、リン酸の固定は粘土鉱物やアルミニウム・ 鉄の含水酸化物の陽荷電に化学的に陰イオン交換吸 着される。その後、結晶表面に吸着されたリン酸は 結晶構造の水酸基(OH−)やケイ酸4面体(SiO44−)と 同像置換してアルミニウムと結合し、難溶態化する。 この結合様式は、火山灰土壌の主要な粘土鉱物であ るアロフェンで、容易に起こることが知られている。 また、リン酸はこれとは別にカルシウム、アルミニウム、鉄などと結合し、難溶性リン酸塩化合物を形 成して、化学的沈殿を起こすことにより、固定される場合がある。この化学的沈殿による固定反応は酸 性土壌において、リン酸がアルミニウムと結合し、微生物の 住処を含 む多様な 生物環境 保全機能バリスサイト(Al(OH) 2H2PO4) (難溶性)や、鉄と結合し、ストレング石(Fe(OH) 2H2PO4) (難溶性)を生 成することが知られている。 以上述べてきた土壌によるイオンの吸着・交換、固定反応は、土壌汚染が重金属によって起こされる場合には、その動態を検討する際にきわめて重要な知見を与える。一方で、土壌中での重金属特有の動態も多く知られている。 有機物を分解する機能 身近な例を示そう。台所から出る生ゴミの少量を 植木鉢に入れた土壌に埋めて放置しておくと、冬期 を除けば1週間で、生ゴミの大部分が分解されて体積が著しく減少し、後には黒ずんだ残渣と分解途中の有機物遺体を観察することができる。 この変化は、 土壌中に棲息する土壌動物や微生物(土壌生物と総 称する)の主として有機物分解作用によるものであ る。有機物分解作用が土壌生物によるものである証拠は、土壌と生ゴミをともに滅菌処理をしたのち、同様に放置すると、生ゴミの分解に要する時間が著しく遅延することから理解できる。土壌に加えられ た有機物が土壌中で効率よく分解されるのは、土壌 中の生物が一種類ではなく、多種類存在していて、それぞれの生物が有する有機物分解様式が共役して発揮されるからである。上記の身近な例における観 察は土壌中での有機物分解が効率よく行われること以外に、土壌の有機物分解機能を知る上で、実は、 重要な事項を含有している。一つは、投入した有機 物がより黒ずんだ残渣として少量残っていること、もう一つは、分解途中の有機物遺体が残っていることである。前者は土壌に加えられた有機物の炭素は 土壌生物によってすべて二酸化炭素に分解されて、 後には何も残らない状態だけをつくるのではなく、土壌生物が利用できないより難分解性の炭素化合物 がきわめて少量ながら次第に集積していくことを示している。後者は土壌に加えられた有機物は土壌生物によって、まず分解されやすい有機物から分解さ れていくことを示している。Jenkinson らはイギ リス・ロダムステッドの農業試験場の長期有機物連 用試験圃場で得られた有機物(植物遺体)の分解過程に関する膨大なデータから、土壌中での有機物分解 の過程を矛盾なく説明できるモデルを提案したが、今日でもこの考え方はしばしば引用されている。 彼らは植物遺体として土壌に加えられた有機物の炭 素は、分解されやすい部分(炭水化物やタンパク質 などの易分解性有機物)と分解され難い部分 (セルロ ース、リグニンなどの難分解性有機物)がそれぞれ 土壌生物の作用を受け、二酸化炭素、物理的に安定した有機物(POM)、化学的に安定した有機物 (COM)および生物体(生物を構成する炭素、BIO) に変化すること、一旦生成された POM、COM、 BIO のいずれもがまたそれぞれの土壌生物の作用 を受けて二酸化炭素、POM、COM および BIO をつくること、そして、その過程の繰り返しが土壌中 での有機物分解過程であるとした。その上で、彼らは毎年1ha当たり、1tの炭素が有機物として加えられる土壌での炭素の動態を安定な化合物である腐植の占める割合が長大な時間の 経過とともに次第に大きくなることが推定される。
これは、腐植のきわめて複雑な化学構造の骨格部分 が近年明らかにされつつあるなかで、有機炭素が縮 合や重合を繰り返しながら、巨大な分子量を有する高分子化合物へと変化していく事実を物語ってい る。

土壌の複合機能として、紙面の関係上、ここでは 物質循環機能、炭素貯留機能および微生物の住処を 含む多様な生物環境保全機能について詳解するが、 その他の複合機能についても随時言及したい。 物質循環機能 生物の体を構成している元素を生元素といってい るが、陸上の生物が一生を終えて土壌にその生物遺 体が戻ることを想定すると、土壌中の生物によって その遺体の大部分はいち早く生元素の低分子化合物 にまで分解を受ける。たとえば、生物体を構成して いた生元素の炭素は土壌生物によって、短時間に二 酸化炭素に分解される。そして、この生元素の一つ 一つは次の新しい生命体を生むための有機物の構成 元素として利用される。これが土壌の物質循環機能 である。しかし、生元素の種類によっては、また、
同一の生元素でも、それが土壌中ですぐに利用され る場合もあるが、一旦土壌系外に出て再び陸上の生 物に固定される場合もあることから、生元素の循環 時間 (turnover time) には大きな変異がある。農地土壌における物質循環機能の一つとして、 生元素としての窒素がその形態を変え、自然界の様々な場所で流転しながら、その一部が最終的に生物固定されて再び利用される経路がわかる。ただ、 農地土壌の場合は、作物生産を短期間で行わなけれ ばならないという明確な目的があるので、物質が一 巡するまで循環を待つことはできない。そのため、 土壌の物質循環機能を軽視して、過度の施肥行為に 走る場合が往々にしてあり、この時農地生態系から の環境への負荷が著しく大きくなる。  炭素貯留機能 有機炭素の分解過程については既に詳解したの で、ここでは大気および陸域における炭素の貯留量 を通して量的な動きを見ることにしたい。 陸域と大気圏とのつながりのなかで、土壌の炭素貯 留場としての役割を量的に示したものである。図に よれば、土壌の炭素貯留量は大気圏および陸上の植 物バイオマスのそれらよりも数倍の貯留量が保持さ
れていることが示されている。ここで、注意しなけ ればならないことは、これらの貯留量の推定は少なくとも、ここ数十年間の科学的データをもとに試算 された量であって、この間における炭素循環の定常 状態を想定しての算出であるということである。 ところで、地球の陸域に分布する主要な土壌種は 現在11種類の土壌群に 分類され、そのうちの一つに、有機物が大量に集積 した土壌群に対して、ヒスティゾル(Histisol)とい う命名がなされている(わが国には、泥炭(ピート) 土壌という土壌種があるが、これに相当する)。こ の土壌の生成は世界の2か所に主として大きな広が りをもっている。一つは、極地に近いツンドラ地域 において、年間を通して地温が低温に維持されてい ることを受けて、地表面に生育した地衣類の土壌生 物による分解が著しく抑制される結果、土壌中に大 量の未分解の有機物が集積されて生成される。もう 一つは、熱帯・亜熱帯地域の沼沢地など低湿地地帯 において、熱帯樹木を中心に大量の植物バイオマス が倒伏する際、これらが水面下に埋設される。すなわち、水面下という嫌気的条件下では、土壌生物に よる有機物分解が制限され、しかも、樹皮など難分 解性有機物が多く含まれることから、未分解の有機 物の大量集積を受けて生成される。上記の陸域土壌 での炭素貯留量の見積もりのかなりの部分がヒステ ィゾルの有機物量から試算されていることは明らか である。このように見ると、現在の世界の土壌が貯 留する炭素量は現在の気候、とくに気温や降水量が 一定範囲内で維持されているという前提で試算され ていることに改めて注意することが必要である。 人間活動による二酸化炭素の放出量の増加が進み、地球温暖化による種々の危機的状況が年々深刻になりつつある今、このままの状況が続けば、上記陸域の二大炭素貯留地域における莫大な量の二酸化 炭素放出に繋がりかねない。乾燥地の緑化による植 物バイオマスを利用した二酸化炭素吸収量 15)の増大 策や、海洋などによる二酸化炭素回収・貯留(Car- bon Dioxide Capture and Storage, CCS) 16)技術が検 討されている。しかし、その前に、私たちの住む地 球は長大な時間のもとで形成された気候下で、種々 の生態系の営みが行われ、土壌生態系もその中で安 定的に維持されてきたこと、そして、この生態系での攪乱がひとたび起こると、単なる技術的対応では 手の施しようもないほど大きな変化が起こり得るこ とを忘れてはならない。微生物の住処を含む多様な生物環境保全機能 土壌は単なる粉体ではない。腐植の集積を受けた 黒色土壌の一部を手のひらに採り、よく観察すると、 微細な鉱物質粒子と腐植などの有機物が融合するか のように微細な黒色を帯びた粒子を形成していることに気がつく。これらは、腐植・粘土複合体と称され、主として土壌動物や微生物の活動で生じたものである。微小粒子はさらに他の微小粒子と結合して、 大きさを増すとともに、複雑な三次構造性を有する 土壌団粒へと発達していく。土壌団粒は土壌特有の 構造であり、団粒の多くは土壌生物の分泌物である ウロン酸など多糖類の被膜によって覆われることが 多いので、耐水性団粒となっている。もちろん、有 機物が少なく、大部分が鉱物粒子からできた土壌団 粒も土壌の種類によっては多く存在するが、このような団粒は水と接触すると直ちに崩壊し、泥状とな ることが多い。耐水性団粒は図 6 の団粒概念図に 示すように、きわめて特徴的な構造を有している。 すなわち、微細粒子間隙には、これらがつくる多く の毛細管のそれぞれに毛管水として水が強く保持されていること(土壌の保水機能のかなりの部分が説 明できる)、団粒内部の各部位で酸化還元電位が相 違することから、棲息する微生物種も異なることな ど特異的な特徴が存在することがわかっている。わずか0.5cm3 に満たない一つの土壌団粒内に既に微生物の多様な存在が示唆される。多様な微生物種の 存在をもとに、より上位の生物相の多様性が確保されるようになるが、団粒構造の図から想定されるように、土壌団粒のどれ一つをとってみても同一の団粒はなく、また、均一性もない。 こうしたいわば団粒内部の生活空間の多様性が土壌生物の多様性を生むもとになったと考えられる。 土壌生物、とくに土壌微生物が土壌全体の質量に占める割合がいかに大きいかをサンプリングした土壌100g中、土壌微生物の占める質量は約1gであることがわかる。従来、微生物の土壌中での密度の表現として、土壌1g当たりの総菌数がよく用いられてきたところであるが、微生物集団を質量として表現したところがわかり易く、ユニークな表現である。Faegriら 17)のこの 測定は普通畑の表層土の試料で得られたものである ので、堆肥など有機物の施用が多い圃場では、微生 物の土壌に占める質量はさらに多くなっていると考 えられる。

 
 植える花夢流・・・花と生活を楽しむ・・・
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