原発事故放射能汚染出荷停止農産物保障請求
2011/06/08 (水)

原発事故で出荷停止の作物の損害請求3月分の締め切りが今日までだった、とても手続きが面倒で多くの農家の方は泣き寝入りになりそうなのだが・・・・たいした金額にはならないが昨年から出荷していて今年も栽培していた菜花の請求に出かけた・・・・

今年心をこめて栽培する菊・・・その4、大掴み「斗南の月」

大掴みの斗南の月は、栽培は2〜3度チャレンジしたが1度も花を咲かせたことの無い花・・・・・昨年も5号鉢のまま栽培場の隅で枯れてしまった・・・と思ったら春に2本細いウド芽が頭をもたげていた・・・・

斗南というのは福島県民にとってとても深く悲しい歴史のある言葉なのです・・・

明治のはじめ、戊辰戦争に敗れた会津藩松平家は所領を没収された、しかし、明治2年容保の子容大を藩主として家名存続をを許され、新領地として斗南3万石を与えられ、明治3年春から藩士およびその家族約17,000人は、陸路・海路様々なルートから続々と入植して行った、人々が目指していった斗南とは、現在の青森県のマグロで有名な大間や十和田湖周辺の、下北、上北、三八地方で、人々はそこに移り住み、新生会津を目指して苦闘した、しかし,入植した藩士たちの生活は困窮を極めた・・・・・

斗南藩は3万石という触れ込みであったが,実際には7千石に過ぎなかったからである・・・・

更にその地は夏にヤマセという冷たい風が吹き稲作に適さない地、それでも藩士たちは開拓のため想像を絶する努力を続けた・・・・

しかし明治4年夏に政府は廃藩置県を断行し、斗南藩もわずか1年で消滅することになってしまった・・・という悲しい話の土地の名で・・・・貧困と飢えにあえいだ農民と化した武士たちが見上げたであろう月・・・・

今、原発事故で故郷から離れた避難所で失望のどん底にいる多数の福島県民と何か境遇がダブル気がしないでもない・・・・・

i0 i1 i2 (1) 大掴み「斗南の月」


(2) 数日前、日記仲間で長野県の高校で農業を教えているききょうさんの掲示板にオクラの質問があった・・・今年は農業を止めようと思っていたのだが、それを見て私が品種改良中のオクラだけでも作ろう・・・と種を蒔いたものが発芽した・・・

いや品種改良中の他の野菜も明日から・・・・・
(3) 提出に必要な書類・・・・このほか栽培日記と・・・・・日付の入った証拠写真・・・・・・あと種の領収書
 
 植える花夢・新たな菊作りに夢中
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