2008/01/16 (水)
昨夜、日付が変わるころのこと。 娘が「おかあさん、2ん年前のいまごろは、病院へ行ってた?」と。 「ずいぶん早めに入れてもらってたよ」と女房どの。
きょう、16日は娘の2ん回目の誕生日。 予定日は確か12日だった。 予定日を過ぎて、近くに身寄りもない不安もあって、病院にお願いして入れてもらったのだ。 「お父さんはね、15日は成人の日で休みだから、 絶対15日に産め、って言ってたんだけど(え〜ぇ、そんなこと言ったっけ?)、 今じゃ休みじゃなくなっちゃったよね。 16日になって、先生が『きょうダメだったら出そう』と言ってたんだよね。 そしたら、昼の12時44分に生まれたんだよ」。 (結果的にはアダルトの日でなくてよかったってか?)
男の家系のわが家にあって、 「女の子を産んだら床の間に飾ってやる」なんて女房どのに言ってたら、 ひとりで待っているわたしに、看護婦さんが小さな声で教えてくれた。 「女の子よ」。 アパートの隅っこに植えていた水仙の一輪が咲いて、病院へ持っていった。 その水仙は、押し花にしてアルバムに張っている。
わたし「2ン年前ちゅうことは、もう、2ん歳になんのか!」 娘 「そうだよ!」 わたし「そんで、いつまでいるんや」 娘 「まだまだ結婚してない方が多いよ、友だちには。たぶん…」 (こりゃダメだ!)
ちなみに、「床の間」の約束は未だに果たせていない。 (だって、今どきの都会の建売住宅は床の間がないんやからしゃあないやん)。
今日付けの日本農業新聞に興味深い記事。 きのう、仙台の東北大学で「食料輸入が止まったらどうなる」と、 不測の事態を想定した食事を学生食堂で試みたそうだ。 食料自給率39%の怖さを実感し、 食料安全保障に対する意識を高めるのを狙いとしメニュー化したとのこと。 「ご飯、芋を中心に、焼き魚やぬか漬け、果物など国産の材料だけで作った。 調味料も原料を海外に依存する油は使えず、塩だけの味付け」で、 芋はさつまいもとじゃがいも、魚は秋刀魚、果物はりんご1/8、みそ汁はない。 担当したゼミの教授は「この食事では次世代に食文化を残すことはできない。 自給率に関心を持ち、世の中を変えるきっかけになってほしい」とコメントしたそうだが、 裏を返せば、現在の日本の食文化があるとすれば、 それは輸入に支えられているということではないか。
いま、仕事の行き帰りに電車で読んでいる本。 島田紳助と東国原英夫の「ニッポンを繁盛させる方法」。
「日本はいま、古びた商店街のようになっている。すぐ隣に『中国』という、 商店街とは比べものにならない規模の大きなショッピングセンターができたものだから、 ちょっと困ったことになっている」
これは、縮図をしてみれば「シャッター通り」に当てはまるのではないか。 個人商店街のすぐ近くに大規模量販店が進出して、 昔から地域で生きてきた個人商店はやむなくシャッターを下ろす。 しかし、ひとたび、儲からないとなると大型量販店はきょうにも撤退する。 残ったのはゴミを舞い上げる冷たい風。
「中国」というショッピングセンターが引き上げたら、 シャッターを下ろした「日本」という商店街に、ゴミだけが舞っている、 かも知れない。
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(1) 「ニッポンを繁盛させる方法」。 島田紳助と東国原英夫。 角川新書。
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