梨のはなし。
2006/09/11 (月)

kumori.gif 昨夜半から雷雨だったらしい。
らしい、とういうのは、気づかず寝ていた。
朝、目覚めたときには遠くで雷鳴。雨は、計算どおり。

梨のはなし。
梨は品薄高値。小玉傾向だが味がいい赤梨が商戦の主力になっている。
赤梨の元祖の「長十郎」は、川崎市の梨農家当麻辰次郎が発見、
1893(明治26)年に屋号から命名した。
4年後、黒星病に強いことを証明、瞬く間に全国に広まった。
一方、青梨の代表「二十世紀」は明治21年松戸市の松戸覚之助が発見。
しかし、黒斑病に弱く、果実として結実させるまで10年を費やした。
明治37年「二十世紀」と命名し、苗を全国に広めた。
その後長い間、両品種は市場を二分し、ライバルとなっていた。
1960年代に入って赤梨の新品種「幸水」が台頭、さらに「豊水」が加わり「長十郎」は後退を始める。
現在は統計にも出てこない。生誕の地である川崎市でも栽培はごくわずかという。

「川崎や梨を喰い居る旅の人」(子規)。正岡子規は果物好きで知られる。
「梨なら六つか七つ、樽柿ならば七つか八つ、蜜柑ならば十五か二十位食ふのが常習」とか。
長十郎を食べていたことも記録に残っている。

「二十世紀」は面積減も加わって入荷量が減っている。
昨年の大阪本場への入荷量は、1990年の約半分。
梨全体の半数を占めていたのが、今年の9月、10月では3割程度でしかない。
しかし、やや酸味を感じる、さっぱり感の人気は根強いともいう。
関西に生まれ育った私には、
梨といえば「二十世紀」しか知らなかったが、関東ではお目にかかることさえ難しい。
東京へ出てきて初めて、赤梨の存在を知った。
どちらも、特長あるうまさを醸し出していて、うまいと思う。

             9日の画像。

i0 i1 (1) 梨園風景。
右上の梨はおまけにもらった。
新高。とにかく大きい。約800g。
奄ゥおり
(2) 紅伊豆。
糖度15,6度はあろうかと思われるほど、とにかく甘い。
果汁もたっぷりで、皮をむいていると滴り落ちる。
(3)
 
蘖ひこばえの菜園作業メモ
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