| 2008/03/11 (火)
晴れ 俺の心のなかやで
掲示板に沢山のメッセージありがとうございました ぼちぼちお返事書きたいと思います
私事を自分の日記とはいえ堪忍してや もうちょっと書かしてな
昨夜は吉報をどこで聞きつけてくれたのか 我が家の電話 私 家内 祐亮の携帯電話は 鳴りやまなかった
お祝いのごちそうはおあずけで 晩ご飯は卵かけご飯 めちゃくそうまかったぞ
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(1) 戦いの場所
一年間の浪人生活は凄まじかった
朝に7時30分起床し 予備校を二つ掛け持ちし帰宅は夜10時過ぎ その後飯食ったら 深夜までガリガリ まさに勉強マシンだった そのためか夏には肺炎で2週間入院してしまう羽目になった
彼の為にあてがった部屋は テキスト参考書で足の踏み場も無くなり 仕方無くリビングのテレビ前に こたつを置きそこで格闘していた
彼が強いた線路は 京都 大阪府立 東工 まさにチャレンジャー そばで見守るしかない者にとっては 心臓バクバク状態の日々が続いた
(2) 大宝黄化
かまへん かまへん
千球!
(3)
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